谷村典子(煌羅カンナ) 日々のつぶやき

お葬式はお祝いだった

連続投稿します。

 

父が亡くなり、バラバラだった家族が結束しました。うちは私と弟2人なのですが、西洋占星術でいうと太陽や月の星座が「水瓶座」が多い。どういうことかというと、ドライな家族。仲が悪いわけじゃないけど、家族として交流は薄かった。そもそも母が「無理して集まらなくていいから」とか言っちゃう。

 

反面父は月の星座が「蟹座」で、とても家族が大好きでした。父が家族にずっと片思いしていた感じです。だから父の誕生日だけはみんなで集まったし、父は母との結婚記念日をとても大切にしていて、私に「祝って欲しい」と頼んできたので、ここ20年ぐらいは私が両親の結婚記念日を祝っていました。金婚式は私が企画して全員で箱根に一泊旅行しました。

 

そんな父が亡くなったので、ゴッドファーザーが亡くなったみたいなんですよね。一家の大黒柱は父だったんです。今更全員がしみじみ悟ったという(笑)。父が亡くなる前に海外在住の弟も飛んできてくれて、孫も全員集まり、病室はとっても賑やかでした。父は最後まで意識がしっかりしていたのでとても嬉しそうにピースサインをして全員と一緒に写っている最後の写真が残っています。

 

さて、父の死後、葬儀でまずもめました。父は無宗教で、「自分の葬儀でいきなりお坊さんや神父さんがきて、もっともらしく読経されたら死んでも死にきれない!!!」と遺言書に書いてある。ビックリマーク3つ!!! とにかく葬儀を嫌がった。

 

亡くなる前に私は父と色々な話をしました。病院に泊まったし、父は意識がしっかりしていたので話がたくさんできたのです。その時に父の葬儀の打ち合わせもしたんですね。父は「とにかく親しい人だけで美味しい食事を食べて美味しいお酒を飲んで、楽しく送り出して欲しい」と望んだので、そうすると約束しました。

 

昨日も書いたのですが、父が亡くなる前に母による「洗礼受けさせたい騒動」があり、父は「アデプトを受けたから」と洗礼を受けることを拒否。そして亡くなったわけです。なんと母が少し前に葬儀に関しての勉強会にたまたま出ていて、その時紹介された葬儀屋さんにお願いすることになりました。(結果的に自由にさせてくれる良い葬儀屋さんでしたが)

 

色々打ち合わせをしていると「本当に無宗教でいいのか?」ってなってくるんですよね。遺体は父が大好きだった家に帰して、家から出棺して焼き場で焼くだけ。そして親しい人だけで食事会。今はそういうシンプルプランが少しづつ増えてきているそうですけど、読経もなければ戒名もない。本当にそれでいいのかと。

 

人間って、他人と違うことをすることにすごく恐怖を抱くんですよね。私もかつてはそうでした。結婚式(離婚したけど)がまさにそうで、ホテルの担当者に言われるままのプランで妥協しちゃって、その結果「ごくありきたりのすげーつまんねー披露宴」をやってしまったんですよね。

 

この、人と同じじゃないと不安っていう「弱い心」が人生失敗の原因なんですね。そこらへんは形而上学でバッチリ鍛えられてきたので、周りがなんと言おうと父の葬儀はシンプルプランで押し通しました。だって父が望んでいたんですもの。その通りにやってあげたいじゃないですか。

 

そして、ごく親しい身内にいらして頂くことになったので、「どうやったら皆さんが美味しいお食事を食べて盛り上がれるか」を考え抜きました。弟と徹夜して、家中を探し回り、父の一生を写真でつないだアルバムを作りました。そうしたら父の「東大合格」の電報や、会社からの合格通知、はたまたポツダム宣言受諾の日の古い新聞などがたくさん出てきて面白いのでアルバムにもじゃんじゃん貼り付けました。なんでも記録する父らしいな。

 

「お別れの会」では私たち子供3人と孫3人、そして父と親しい従兄弟らに「スピーチ」をしてもらったんですね。ポジティブで明るかった父の面白いエピソードをみんなすごく上手に話してくれて、すごく盛り上がりました。みんな泣いているんですけど、大爆笑で。笑って送るってすごくいいですね。お葬式って寂しいものじゃなくて、お祝いだったんだと。

 

形而上学を学ぶと人間が次のステージに行くときはイニシエーション、通過儀礼が必要だとわかるんです。誕生も七五三も元服も結婚もイニシエーション。そしてお葬式もイニシエーションなんですよね。神道は法事のことを「10年祭」「30年祭」としてお祝いするんですよね。父の葬儀もまさにそんな感じでした。

 

もし葬儀屋さんが勧める型通りの葬儀にしていたら、ただ泣いて、お悔やみばかり言い合って、寂しさばかり際立ったんじゃないかと思います。父が望むような「楽しいお葬式」を絶対にやると決めて、誰がなんと言っても貫きました。で、終わってみて、本当に大絶賛されたという(当たり前じゃ)。

 

終わってから「すごく良いお別れの会だった」って皆さんに言われたんですけど、始まる前は「お坊さん来ないの?」「人数が少なすぎる」とか散々言われてっからなー。人間って成功すると態度豹変させるんですよね(笑)

 

つくづく人生は戦い。何と戦うかというと、「自分がこうだと思ったことを貫く」。いわゆる世間の常識とか他人と比べるとか、そういうことを気にしているうちは人生が楽しくなるはずがない。私は父の死や葬儀で「楽しく生きるコツ」を学びました。いやはや、転んでもただで起きない女っす。

 

父が100パーセントポジティブに生き抜いて亡くなり、明るいお葬式ができたことで家族が激変したんです。弟たちがこんなに愛情深いとは思わなかった。結婚したらほぼ他人じゃないかと思ってたけど、残された母を全身全霊で(オーバーじゃなく)支える素晴らしすぎる弟が2人もいて、両親には大感謝です。もちろん母も素晴らしい。父にあれだけ愛されたんだから。まあ本当に家族って今更面白すぎる。

 

本当はもっと先のことを書こうと思ったのですが葬式話になってしまいました。続く。

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